大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

水戸地方裁判所下妻支部 昭和44年(ヨ)24号 判決

申請人

入江富太郎

代理人

秋山泰雄

福井泰郎

田中巌

被申請人

右代表者

小林武治

右指定代理人

大道友彦

外八名

主文

申請人が古河郵便局郵便課外務主事の地位にあることを仮に定める。訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

第一、申立

一、申請人の申立

(一)、申請人が古河郵便局郵便課外務主事の地位にあることを仮に定める。

(二)  訴訟費用は被申請人の負担とする。

との判決を求める

二、被申請人の申立

(一)、本件申請を却下する。

(二)、訴訟費用は申請人の負担とする。

との判決を求める。

第二、主張

一、申請人の主張

1、申請の理由

(一)、申請人は、昭和二〇年四月二六日茨城県古河市所在古河郵便局郵便集配係として採用され、同二九年一〇月同郵便局主任に、同三二年四月郵政事務官に、同四一年八月同郵便局郵便課主事にそれぞれ任命され、終始古河郵便局郵便課の業務に従事してきた。

(二)、ところが、東京郵政局長中田正一は、昭和四四年五月一九日申請人に対し、埼玉県北葛飾郡杉戸町所在杉戸郵便局郵便課に勤務する命令(以下「本件配転命令」という。)をなした。

(三)、しかしながら、本件配転命令は、次のいずれかの理由によつて無効である。

(1) 本件配転命令は、申請人の労務提供場所を、従来モーターバイクにより片道約三分で通勤し得た古河郵便局から、徒歩・電車などにより往路約七〇分、復路約七八分の通勤時間を要する杉戸郵便局へ変更するものである。このような重要な労働条件の変更は、労働契約そのものを変更するものであるから、申請人の同意なくして被申請人が一方的にこれを行なうことはできないないものである。

しかるに、本件配転命令は、申請人の同意なくして行なわれたものであるから法的効力を有しない。

(2) 申請人は、古河郵便局に勤務する労働者をもつて組織する全逓信労働組合古河猿島地方支部(以下「支部」という。)の組合員であるが、昭和三九年に支部古河分会副会長、同四〇年に支部執行委員、同四一年以降は毎年同分会職場委員に選出され、一貫して労働組合活動に積極的に取り組んできた。

一方郵政省は、かねてから全逓信労働組合(以下「全逓」という。)を嫌悪し、全逓の活動、特に主事、主任級の積極的な組合活動を極度に嫌悪排斥していた。しかるところ、昭和四四年四月当時、全逓と郵政省とは労働争議状態にあり、全逓は、古河郵便局を拠点局と定め、同郵便局で執務している全逓組合員らに対し同月一七日実施予定のストライキに参加することを指令した。これに対し、同郵便局長および同課長は、同月一五日と一六日の両日、同組合員らに対しストライキに参加しないよう働きかけていた。このような事態のもとで、同局長および課長は、右両日申請人に対し、ストライキ参加の意思の有無を問い質したのであるが、これに対し、申請人は組合員である以上組合(全逓)の指令に従わざるを得ない旨を回答した。

これをきつかけとして、郵政省は、右のとおり申請人が積極的な組合活動家であり、組合の指令に忠実であることの故をもつて、茨城県下の名門局である古河郵便局から、同年四月一六日に特定郵便局から普通郵便局に昇格したばかりで、職員数もはるかに少く、通勤所要時間も大幅に増大する杉戸郵便局に配置転換をする不利益取扱を敢行したものである。

右の次第であるから、本件配転命令は不当労働行為であつて無効である。

(3)、かりに以上の主張が理由ないとしても、本件においては次のような事情が存するから、本件配転命令は権利の濫用として無効である。

(イ) (1)記載のとおり通勤所要時間が著しく増大する。これによつて、申請人の精神的肉体的疲労が増大するほか、家庭にあつて病弱の妻子の世話をする時間が短縮される。

(ロ) 従来、配転命令は事実上本人の同意を得たのちに発せられるという労働慣行があつたのに、本件においては同意はおろか同意を求める交渉すらなかつた。

(ハ) 申請人を配転すべき業務上の必要性は全くない。

2  仮処分の必要性

申請人は、本件配転命令が無効であり申請人が古河郵便局郵便課主事の地位を有することの確認を求める訴を提起すべく準備中であるが、杉戸郵便局へ勤務することは長時間の通勤時間を必要とするため、本案判決確定を待つては著しい損害を蒙ることになる。

二、被申請人の主張

1  本案前の意見

本件配転命令は、行政事件訴訟法四四条にいう「行政庁の処分」に当たるものであるから、民事訴訟法上の仮処分によつてその効力の停止を求めることは許されない。

2  申請の理由に対する答弁

申請の理由(一)、(二)の事実は認める。

同(三)(1)については、申請人と被申請人との間の法律関係は公法関係であるから私法的契約法理は適用されない。

仮に私法的契約法理が何らかの意味で類推適用されるとしても、申請人は郵政省設置法三条に規定する郵政事業全般に従事するものとして郵政省職員に採用されたものであり、勤務場所を古河郵便局に限ることが労働契約の内容となつているものではないから、勤務場所が古河郵便局から杉戸郵便局にかわつたことは何ら労働契約の変更に該当しない。

なお、通勤時間は従来片道約一五分であつたものが、本件配転命令により片道約五一分に延長されたにすぎないところ、この程度の通勤所要時間は社会通念上労働者に過大な不利益を課す遠隔地への動務というに当らない。

同(三)(2)および(3)については争う。

3  本件配転の経緯

郵政当局は、杉戸郵便局を集配特定局から普通局に種別改訂すると共に、定員役職員を増員し、主事についていえば三名を増員した。右のうち郵便外務主事については(一)、一人で広範囲の主事の職務を分担すること、(二)今回はじめて一名配置されたこと、(三)局長代理一名は庶務会計の実務と郵便関係全般の監督指導、他の一名は貯金、保険を分担するので、細部にわたる指導が困難であるため、主事の責任が重いこと、(四)早急に普通局としての体制を固め将来への基礎を作る必要があること、の特殊事情が人事配置上考慮される必要があつた。そこで、外務主事については、申請人を、(一)普通局である古河郵便局の外務主事の経験が二年九ケ月に及んでその経験が十分であること(二)比較的年令が若く活動力と順応性に富むこと、(三)通常の通勤時間で通勤できること、の理由により適任者と認め本件配転を行なつたものである。

第三、証拠〈省略〉

理由

一申請人が古河郵便局郵便課外務主事として同局に勤務してきたこと、東京郵政局長が昭和四四年五月一九日申請人に対し杉戸郵便局へ転勤を命ずる本件配転命令をなしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二申請人が、右配転命令を無効として地位保全の仮処分を申し立てたのに対し、被申請人は、本件配転命令は行政事件訴訟法四四条にいう「行政庁の処分」に当たるから民事訴訟法上の仮処分は許されない、と主張するので、まずこの点について判断する。

本件転配命令が、行政事件訴訟法四四条に規定する「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(以下「行政処分」という。)に該当するか、それとも私法上の意思表示に該当するかは、申請人と被申請人との間の労働関係が公法関係であるか私法関係であるかによつて結論づけられるので、右労働関係の法的性質について検討する。

申請人と被申請人との間の労働関係が公法関係であるか私法関係であるかということは、換言すれば、両者の関係が公法によつて規律されるか私法によつて規律されるかということにほかならない。このことは実定法上、被申請人が申請人の意思いかんにかかわらず一方的に新たな法律関係もしくは法律状態を形成しうると規定されているか、それとも新たな法律関係もしくは法律状態の形成が申請人と被申請人との間の自治に委ねられているかと言い換えてもよい。

申請人は、国家公務員たる職員であるから、国家公務員法(以下「国公法」という。)の適用を受けるものであることはいうまでもない。しかしながら、このことから直ちに、申請人と被申請人との関係が公法関係であると即断することはできない。申請人は、郵便、郵便貯金、郵便為替、郵便振替、簡易生命保険および郵便年金の事実を行なう国の経営する企業の職員(以下「現業郵政職員」という。)として公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)の適用をも受ける職員である(同法一条、二条)。

公労法の適用を受ける職員は、その適用を受けない職員との間に、使用者たる国(公共企業体)との関係において、いくつかの異なつた取扱を受けている。すなわち、前者(公労法の適用を受ける職員)は労働組合法、労働関係調整法、労働基準法などの適用除外を受けない(公労法四〇条一項一号)のに対し、後者(公労法の適用を受けない職員)はこれらの法律の適用を除外されている(国公法附則一六条)。また、前者は(一)賃金その他の給与、労働時間、休憩、休日および休職に関する事項、(二)昇職、降職、転職、免職、休職、先任権および懲戒の基準に関する事項、(三)労働に関する安全、衛生および災害補償に関する事項、(四)前各号に掲げるもののほか、労働条件に関する事項、これらの各事項を団体交渉の対象とし、これに関し労働協約を締結することができる(公労法八条)のに対し、後者は労働条件を労働協約によつて取りきめることが許されず(国公法一〇八条の五の二項)、労働条件は法律や人事院規則に委ねられているのである。

このようにみてくると、国(公共企業体)と現業公務員との関係は、労働関係に関する限り、広範に当事者の自治による取引行為が認められているというほかはないから、基本的には私法関係であると解せられる。

もつとも、国公法は労働関係について多数の適用法条を定め、ことに試験および任免、分限、懲戒および保障、服務などについて詳細な規定をおき、これを受けて多くの人事院規則がその細目を定めており、これらの法規の大部分は公労法の適用を受ける職員に対しても適用されている(公労法四〇条一項)。このことから、国(公共企業体)とこれらの職員との関係はやはり公法関係である、との反論が考えられる。しかしながら、これらの規定は国(公共企業体)の業務の公共的性格を保障し、公正的性格を担保する必要上、特に当事者の取引に一定の制限を付したにすぎないとみるべきであるから、さきに述べた、労働条件等の決定を当事者の自治に委ねた原則は、これによりある程度の制約を受けるけれども、それは右の限りにおいてのみであつて、労働関係は、基本的には私的自治の原則が支配するとみるのを相当とする。

このことは、現業郵政職員の勤務の実態に即してみても妥当する。なるほど現業郵政職員の身分は国家公務員である。しかしながら、その職務の内容は、国の権力作用に従事するものではなく経済作用に携わるものである。業務の内容において、企業の公共性がやや私企業よりも高いといえるほかは、私企業の労働関係と何ら異なるところはない。ことさらに私企業と区別して、公法関係で規律し、使用者である国に優越的地位を認めるべき合理的理由を見出すことはできない。

以上により、形式的にも、実質的にも国と現業郵政職員との関係は、私法関係であると解するのが相当である。

右のとおり、申請人との関係は基本的には私法関係であるが、実定法上、配転は公法によつて規律すべきこととされてるときは、私法上の法理は適用することができないから、本件配転命令は公法、私法のいずれによつて規律すべきかについて判断を進める。

配転が公労法八条各号の団体交渉事項であるとすれば、それは私的自治に委ねられたものであるから、私法によつて規律するのが相当である。まず、これが同条一号、三号に該当しないことは明らかであるが、二号には転職の規定が存する。しかし同号は一般的基準に関する事項について定めたものであつて個々の配転は含まれないから、残された四号に該当するか否かについて検討しなければならない。

ところで、現業郵政職員に労働基準法の適用があることは前記のとおりであるが、同法は、労働条件は労働者と使用者が対当の立場において決すべきものとし(同法二条一項)、使用者は労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならないとし(同法一五条一項)、これを受けた同法施行規則は、労働条件に関する明示事項として、就業の場所および従事すべき業務に関する事項、を掲げている(同規則五条一号)、これらの規定によれば、当該配転が就労の場所もしくは従事すべき業務の変更を伴うものであれば、それは労働条件の変更というほかはない。したがつてこの場合は公労法八条四号の労働条件に関する事項として団体交渉の対象になることになることになる。そして配転が団体交渉事項として私的自治による取引行為に委ねられるものである以上は、配転命令の効力の有無は、私法によつて判断されることとなるのである。

もつともこれに対しては、公労法による適用除外を受けない国公法三五条が「官職に欠員を生じた場合においては、その任命権者は、法律又は人事院規則に別段の定のある場合を除いては、採用、昇任、降任又は転任のいずれか一の方法により、職員を任命することができる。」と規定し、さらにこれを受けた人事院規則八―一二(職員の任免)六条第一項が「任命権者は、臨時的任用及び併任の場合を除き、採用、昇任、転任、配置換又は降任のいずれか一の理由により、職員を官職に任命することができる。」と規定しているところから、これらの規定により国は自由に配転を命じうる、との反論が考えられる。しかしながら、これらの規定は、欠員補充の方法を定めたものであつて、採用、昇任、転任、配置換または降任の根拠規定となるものではない。このことは、採用、昇任、降任の方法の要件が国公法上別に定められていること(採用については三六条、昇任については三七条、降任については七八条)からみても明らかである。つまり、任命権者は、国公法上規定されている採用、昇任、または降任の要件を満たしたうえではじめて同法三五条により欠員補充を行なうことができるのである。かりに同法三五条を採用昇任、降任または転任の根拠規定と解すると、欠員補充の場合においては、他の条項に定めた要件を具備しなくとも採用、昇任、降任または転任を行なうことができることになり、たとえば降任についていえば、通常の場合は国公法七八条による要件を具備しなければ本人の意に反して降任することが許されないのに、欠員補充の場合には右の要件が具備しなくとも降任が許される結果となつて妥当でない。右により国公法三五条および人事院規則八―一二(職員の任免)六条が配転の根拠規定となるとの反論は採用することができない。

ところで、右にみたように採用、昇任または降任については国公法上その根拠規定となる条項が存するのであるが、転任、配置換についてはその規定が存しない。したがつて、このことは、転任、配置換についてはこれを公法によつて規律せず、当事者の自治に委ねているものとみるのを相当とする。

以上により、本件は私法関係として民事訴訟手続によつて審理されるべきこととなる。

三、そこで、本件配転命令の効力について判断する。

一般に、使用者と労働者の権利義務の内容は労働契約によつて定められる。したがつて、使用者がいわゆる業務命令(労働契約に基づく債務の履行請求)を発することができるのは、労働契約によつて定められた範囲内のことがらに限られる。しかしながら、労働契約にもとずく使用者と労働者との関係は継続的契約関係であるから、時の経過により、企業の業務上の理由などから、使用者には既存の労働条件の変更が必要とされてくる場合も少くない。その場合、労使間に労働条件変更の新たな合意が成立すれば問題はないが、合意が成立しなかつた場合、いかに処理すべきかは一個の問題である。このようなときに、労使いずれからも労働契約を解除することができるとするのは経済約弱者にある労働者にとつてはきわめて不利益である。さりとて、企業の業務上、従前の契約内容では不適切となつた場合においても、なおこれによつて使用者を拘束するのはまた酷である。そこで、労働契約の特殊性を考慮して、使用者が労働者に対し、企業の業務上の必要性により、労働条件の変更を申し入れた場合において、その申し入れの内容が客観的に公正であり且つ企業の業務上の必要性の度合が比較的高く、これに反し、労働条件の変更によつて受ける労働者の不利益の度合が比較的軽微である場合には、労働者は右の申し入れに応ずべきことを要請されると考えられるのであつて、使用者が労働者に対してその必要性を示して右の如き労働条件変更の同意を求める申し入れをなしたにもかかわらず、労働者が合理的理由もなく恣意的にこれを承諾しないときは、承諾拒否権の濫用として、使用者が申し入れた内容に従つた労働契約が新たに締結されたものとみなすことができる、と考えるのが相当である。

これを本件で問題とされている「配転」についてみるに、一般的にいえば、業務について裁量権を有せず監督すべき部下もない、いわば機械的な業務に従事している労働者については、使用者からの配転申し入れに対し、これを拒否することが承諾拒否権の濫用になる場合は少いこととなるが、職務上の地位が昇進するにつれて、権利濫用になる場合が比例的に増大するものと考える。

以上の見地に立つて本件配転命令について判断する。

まず、申請人と被申請人との間の労働契約の内容についてみるに、申請人が昭和二〇年四月二六日茨城県古河市所在の古河郵便局に郵便集配係として採用されたことは当事者間に争いがない。右採用当時の労働契約の内容として、労務提供の場所が古河郵便局に限られるかまたは他局への配転も契約内容に含まれているかについては、〈証拠〉によれば、申請人は、昭和六年四月一日古河市において出生し、以後同市内において成育し、市内の尋常高等小学校を卒業したこと、当時申請人の母が病弱であつたので、申請人は家事の手伝いなどをしなければならない立場にあつたため、いわゆる郵便配達なら転勤がなく自宅から通勤できるものと考えて古河郵便局の集配係に就職を希望し、採用されたものであることが認められ、これに反する証拠はない。このことは、〈証拠〉によつて認められる次の事実、すなわち、昭和二〇年当時郵便局に就職した者はいずれも同じ局に一生勤務するつもりでいたこと、東京郵政局管内における郵便外務主事について計画的に異動を行なうようになつたのは昭和三六、七年ごろからであること、などによつても裏づけられる。してみると、当初における労働契約の内容は、労務提供の場所を古河郵便局に限る趣旨であつたと解される。被申請人は、郵政省設置法三条に規定する郵政事業全般に従事するものとして申請人を採用したものであつて、勤務場所を古河郵便局に限ることが労働契約の内容となつているものではない、と主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

しかしてその後、申請人が昭和四一年八月郵便課主事に任命されたことは当事者間に争いがない。ところで、東京郵政局管内における郵便外務主事の異動が計画的に行なわれるようになつたのは前示のとおり昭和三六、七年ごろからであるから、申請人が昭和四一年に主事に昇任した際、他局への異動を暗黙裡に承諾したのではないかとの疑念が生ずるが、古河郵便局においては、本件配転まで郵便外務主事が配転命令を受けた事例がなく、当局者において申請人を主事に任命する際に配転を示唆した形跡も認められないから、申請人が、主事に任命されれば配転がありうることを承知のうえで昇任の辞令を受けたものと認めることはできない。もつとも、〈証拠〉によれば、申請人は、主事に任命された後である昭和四一年一一月一日からの中央研修所における研修の際、当局者から、郵便外務主事になると転勤がありうる旨を告げられたことが認められるが、右は主事に任命された後に行われた研修の際に研修者一般に対してなされたものであるし、その形式態様からみても当局者からの正式な労働条件変更の申入れとは解し難い。また〈証拠〉によれば、申請人は右研修終了後、主事の地位に昇進したため配転を命じられるというのであれば、これを命じられない地位に降任してほしい旨を古河郵便局長に相談したところ、同局長から、配転はさほど簡単には行なわれない旨を告げられて降任願を思い止まらせられたことが認められるので、この点からみても申請人が配転命令を受ける場合があることを承知のうえで主事の地位に止まつていたとすることはできない。

以上検討したところによれば、本件配転命令当時において、申請人と被申請人との間には、就労場所を古河郵便局以外の場所にすることを内容とした労働契約は存しなかつたものといえる。

次に、本件配転命令を労働条件変更の申し入れと解したうえで、申請人がこれを承諾しなかつたことが承諾拒否権の濫用に当たるか否かについて判断する。

まず、本件配転命令が発せられた経緯についてみるに、〈証拠〉を綜合すれば、次の事実が認められる。

(1)  申請人は、全逓が昭和二一年に結成された際これに加入して組合員となり、同三三年から同三八年まで支部古河分会職場委員、同三九年同分会副会長、同四〇年支部執行委員、同四一年ならびに同四三年以降同分会職場委員に選出され、地味で誠実な活動家と評価されつつ組合活動に従事してきた。ところで昭和四四年四月当時のいわゆる春闘の中で、全逓は古河郵便局を同月一七日実施予定のストライキの拠点局に指定し、同局勤務の組合員に対しストライキに参加するよう指令した。一方同郵便局の局長および課長は、主事および主任に対してはストライキに参加しないよう働きかけ、申請人も渡辺課長からその旨を伝えられた。これに対し申請人は、組合員である以上組合の指令に従わざるを得ない旨を回答した。(実際には四月一七日には拠点局から外されてストライキは行なわれなかつた。)

(2)  その頃、東京郵政局においては、杉戸郵便局を集配特定局から普通局に種別改訂し、定員および役職者を増員し、主事についていえば内務主事一名および外務主事二名を増員した。ところで、東京郵政局においては、主事以上の職員から毎年勤務希望調書を提出させ、一応これを参考にするが、個々の人事異動に際しては、事前に本人の承諾を求める手続は行なわず、本人の所属長ない管理者の意見も人事当局において必要がある場合に徴するに止まり、これらの者の希望や意見は聞かないことにしており、同郵政局における人事異動の根本方針は、要するに、業務の必要によつて必要なところに必要な人を配置するということにあつて、本人の希望は聞かないのを原則としているので、同郵政局は右の原則によつて、杉戸局に増員された主事三名のうちの二名は他局において主任であつた者を昇任させてこれに当て、残る一名に申請人を当てることとした。そして、同郵政局が申請人を選んだ理由は、外務事務に精通し、比較的年が若く、行動力と計画力があることを選考の基準とし、周辺の普通局の主事若干名を選考対象に乗せ、その仕事ぶり、人物、能力についてそれぞれの所属長の意見を聞いた結果に基づき、申請人を適任であると判断したというのである。もつとも、所属長といつても、本件申請人の場合は直属の長である郵便課長の意見は徴されなかつた。

(3)  同郵政局は右のようにして申請人を選考し、昭和四四年五月一七日(土曜日)申請人に対し、同月一九日に本件配転命令を正式に発令する旨を告げ、その後任には古河郵便局の主任を昇任させてこれに当てた。これに対し、申請人は、妻子が病弱であることなどを理由に、右配転命令に応じ難い旨を回答した。なお申請人は、勤務希望調書には、現勤務地を絶対に離れたくない、と記載して申告していた。

(4)  申請人は、本件配転命令により、就労場所が古河郵便局から杉戸郵便局に変更されることによつて、従来モーターバイクにより片道約三分間で通勤しえたところを、徒歩と電車などにより片道約一時間を要することとなり、その結果精神的、肉体的疲労が増加するばかりでなく、昭和三七年に胆のう炎に罹患して以来病弱な妻、ならびに同様に病気がちな長男および三男の世話をする時間が短縮されることになる。

(5)  なお、本件配転当時、古河郵便局は、周辺の郵便局に比べて多量の郵便物が滞留している状態にあつた。また、郵便局の規模は、古河郵便局の職員数が約九〇名であるのに対し、杉戸郵便局の職員数は約四〇名である。

以上の事実が認められる。もつとも、通勤所要時間については〈証拠〉によれば、申請人は杉戸郵便局長に対する通勤届には通勤所要時間は片道五一分であると記載した事実が認められるが、〈証拠〉によれば、これは通勤距離の最短距離を記載したものであつて、実際には、乗り替えに便利な他の方法で通勤していることが認められるので、右証拠の存在は前示認定の妨げとなるものではない。

しかして、以上認定の事実によれば、被申請人には杉戸郵便局に郵便外務主事一名を補充する業務上の必要性があつたものではあるけれども、本件配転命令により、申請人は、通勤時間の著しい増大に伴う精神的肉体的疲労を蒙るほか、病弱の妻子を顧みる時間が短縮されることにより多大な不利益を蒙ることになる。のみならず、本件配転命令すなわち労働条件変更の申し入れは、申請人が予め表明しておいた現在の勤務地を絶対に離れたくないとの希望を一顧だにせず、本人はもとより直属課長の意見も徴さずに一方的に行なわれたものであり、これは、前述の如き東京郵政局の人事異動に関する誤つた考え方に起因するものと思われ、公正を欠くというほかはない。加えて杉戸郵便局において新たに任命された他の二名の主事が他局における主任から昇任したのに対し、申請人のみが、主事のまま、しかも、職員数が前任局の半数以下で特定局から昇格したばかりの局へ配置されたこと、さらに、組合活動家であると同時に事務に堪能な申請人が滞留郵便物の多い古河郵便局から外され、従来主任の地位にあつたものが昇任してその後任に当てられることについても、合理的理由を見出すことができない。これらの事情からみれば、申請人が労働条件変更の申入れを拒絶したことは何ら恣意にすぎるものではなく承諾拒否権の濫用にわたるものではないと解せられる。

以上の次第であるから、本件配転命令は、労働契約の範囲を越えた業務命令というほかはなく、申請人はこれに対して何らの義務を負担するものではないから申請人は引き続き古河郵便局郵便課外務主事の地位にあるものというべきである。

また、申請人が杉戸郵便局に通勤することによつて多大な不利益を受けることは前示のとおりであるから、仮処分の必要は十分に存在する。

四、よつて、本件仮処分申請はその理由があるからこれを認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。(石沢三千雄 古口満 山口忍)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例